核心論

核心の話に入ります。

織作茜の直接的な動機に迫っていきたいと思います。

 

 

 

 

 

京極堂が犯人の正体を掴みはじめたときの、彼のセリフを振り返ってみましょう。

 

「そして――性の問題を取り上げるなら、矢っ張り姑獲鳥の伝承と同じように、生殖と性衝動の乖離と云う根源的な問題にも根を持つと考えなければならないだろうね――そうか。蜘蛛の形をしたウブメが居るな」

「――だからこそ女郎蜘蛛は子供を伴って出現するのか。あれは女郎蜘蛛の姑獲鳥的な部分を表現しているのだ――解ったよ益田君」

「女郎蜘蛛の正体が朧げに見えて来た」

 

私は初め、この部分は事件の全容を説明しているものだと思っていました。現にこの部分に前後する京極堂の発言は、そのほとんどが事件の絡繰りとシステムを説明するに終始しています。ですからその流れでこの部分を解釈してしまうと、「女郎蜘蛛の正体」が「織作家の正体」として捉えてしまいがちなのです。実際それで何の齟齬もないですし。

しかし冷静になって読み返してみれば、「女郎蜘蛛の正体」と言っている以上、それは「織作家の正体」ではなく「犯人の正体」と捉えるべきです。この部分が唯一、犯人織作茜の正体を表しているのだと思うのです。

 

ですから「生殖と性衝動の乖離」というセリフも、「織作家の女系の悲劇の歴史」ではなく「織作茜の身に起きた悲劇」として私は捉えて、それを前項で示しました。

問題はもう一つ。「女郎蜘蛛の姑獲鳥的な部分」というセリフです。これについての解釈が、私がこの項で示したいことのすべてです。

 

 

 

 

 

 

姑獲鳥とは、京極シリーズ第一作の「姑獲鳥の夏」で犯人を取り巻く環境と、犯人自身を示した妖怪です。激しいネタバレは避けたいので、なるべく齟齬のないように、かつやんわりと説明しますと、姑獲鳥とは「お産で死んだ女の無念」を表している妖怪です。”死んだ”というのは人が妖怪になるプロセスに過ぎませんので、生きている特定個人を姑獲鳥として表現する際には、「お産トラブルで病んだ女の人」という括りで語られていました(大雑把にいえば)。

 

今回の女郎蜘蛛にも、姑獲鳥的な要素があると京極堂は言っています。姑獲鳥的な要素とは、「お産トラブルで病んだ女の人」のこと。これを、前記のように「織作家の正体」として捉えて「ああ、真佐子のことね」と納得してしまっていたのですが、「織作茜の正体」として捉えなおしてみましょう。

 

それが示すものとはつまり、茜はお産トラブルを抱えているということなのではないでしょうか。具体的な意味は特定しかねますが、子供を産めない体であるということか、あるいは性行為自体ができない体であるということだと思います。私は後者であると推測し、R.A.A.に志願していたことからも、そのトラブルが発覚したのが家に逃げ帰る直前だったのではないかと思うのです。毒グモというイメージからは、石田宅での売春の際に病気でも貰ったのかもしれないと私は想像しています。

 

そうして彼女は子を宿せなくなった。家を守るにしろ嫁ぐにしろ、自分の存在意義をどこにも見出すことができなくなってしまった。これこそが彼女が「何処にも居場所がない」と語った動機の真実。彼女が失敗した家出の果てに失ったものとは、女性としての尊厳だけでなく、生きる意味さえ奪ってしまった。娼婦になった過去だけなら隠して生きていくことも可能でしたが、この体になってしまった以上、隠し通すこともできなくなってしまった。普通に生きていくことさえ許されなくなり、娼婦であったことを忘れることもできないキズを体に刻まれてしまったのです。

 

そして彼女は絡新婦になった。

 

女郎蜘蛛と絡新婦。京極堂はこれを使い分けていますが、私はこう解釈しています。「女郎蜘蛛の姑獲鳥的要素を強調したモノ」が絡新婦なのだと。この姑獲鳥的要素は、絡新婦を絡新婦足らしめる、犯人を犯人足らしめる、欠かせない心理的要素だと思うのです。

茜が久遠寺涼子に、何か想いを寄せているかのような描写がされているのは、まさにこの姑獲鳥的な部分からくる、シンパシーをのようなものだったのではないかと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こう解釈することによって、茜の是亮に対する態度に説明がつけられると思っています。もしこの考えがまったくの的外れなら、茜が是亮に接する態度は不可解極まりないものになってしまうのです。

 

茜の犯行目的は邪魔者を排除することらしい。ならば是亮は邪魔だったことになります。邪魔ならば離婚すればいいじゃないですか。周りもみんな離婚しろと言っていたのに、織作家で離婚に反対したのは他ならぬ茜自身です。離婚するなら離縁するとまで言っています。となれば、茜は是亮を殺すことに拘ったということになります。是亮を殺す直接的な動機があることになります。

横柄な態度にイラッとしたから?そういう人間になったのも、茜と夜の営みをもてないことに対する欲求不満からきているという部分もあるのですよ。それでは本末転倒です。そもそもイラッとしたくらいで殺人を犯すという心理分析でいいのですか?

行き着くところは血の断絶という動機以外に、説明がつかないのです。それは誰の血ですか?雄之助?伊兵衛?嘉右衛門?広げすぎれば、彼らは何処で別の子孫を遺しているのか分かったもんじゃないですよ。

 

しかしここに、茜が子を産めない体であるという要素を加えることで、この疑問に説明がつけられると思うのです。茜は、自身の体の理由で是亮とセックスできないわけですが、同時にそのことがバレるのも困ります。しかし是亮相手だと、母真佐子の理屈でセックスすることを拒否できます。是亮とセックスしなくていい別の理由を、大義名分にできるのです。

もし是亮と離婚してしまったらどうなるか。茜は、織作家を継ぐ婿を取る宿命にあります。いずれはセックスしなければならない相手を、親(家)が連れてきてしまうのです。それは非常に困る。だから茜は是亮との結婚生活に拘ったのです。

 

つまり、茜がセックスせずに過ごしていける唯一のポジションが、是亮の妻という枠だったのです。これ以外に所属してしまうと、遅かれ早かれセックスを拒否できない状況が訪れてしまうのです。

 

ですが、いずれは是亮との結婚生活も解消したかった。是亮と一生共にするなんて絶対嫌だが、今すぐ離婚するのもダメだ。この状態だって、いつまで続くかわかったもんじゃない。織作家の存続のためには、対外的にも内実も、茜が継ぐしかないことが明らかだから。紫は論外、葵は結婚を拒否している(内実は半陰陽のため)、碧は近親相姦の悪魔の子で織作家を継がせることなんてありえない。

茜にとって安定している今の生活は、何がキッカケで強行的に崩されてもおかしくない、非常に危ういバランスの上に成り立っているのです。これを解決するためにも、何かしら動いていかなければならないわけなんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まとめましょう。

茜はプチ家出の果てに、自立に失敗したという無能さと、娼婦になったという汚点と、子を宿せなくなったという絶望を刻まれました。女系の理にしろ家父長制にしろ、織作家でつつがなく過ごしていけるすべての理由を失ったのです。かといって、離縁して自立する能力がないことも自覚させられましたし、娼婦に対する世間の目に怯えながら生活していける自信もありません。

 

―― 何処にも居場所がない。

 

親を恨んだ。姉を恨んだ。妹を恨んだ。家を恨んだ。

あなたたちのせいで、こんな体になったんだと。

この事件の背景には復讐心が多分に含まれるのです。

さらには、このままでは拙いという”切迫性”もあります。犯罪を犯そうとする人間には、それなりの環境が訪れるからだというのが京極ミステリーです。つまり、犯罪を犯さなければならない”切迫性”を説明しなければならないと思うのです。本編では、その”切迫性”についてはなんら解説がなされていませんが、茜が子を産めない体であるという仮説を組み込むことで、”切迫性”を説明できるのです。なぜなら茜の立場は、子を宿せないことを隠し通すことが不可能ですし、なぜそんなことになったのかという原因究明の際に、娼婦になった事実すらバレてしまうからです。そうなればあとは底辺の人生です。ですからそうなる前に、何かしら行動を起こさねばならないのです。

 

 

そして居場所を獲得するための計画を企てました。

それは、結婚しなくても不自然じゃないと世間が評価してくれる立場と、自立する手助けになる金を、過去の汚点を晒すことなく手に入れるための計画だったのではないでしょうか。

知られたら人生が終わる秘密を生涯守り抜くため、茜が結婚しないのは(セックスしないのは)致し方無い事情があるからだと、世間に対し言い訳が利く状況に死ぬまで身を置きつづけること、これしか茜には道がなかったのです。

 

 

「織作茜ってなんで結婚しないのかね?」

「死んだ旦那を愛していたからだろう。痛ましいことだ」

という形で世間の目を欺くことができる立ち位置が理想だったのでしょう。物語の最後にある(最初?)柴田勇治との結婚も、彼と性行為を持つ展開になる前に殺すことでまさに上記のような状況を創りだし、世間に不自然に思われない立場で生きていくことができる、この生き方を彼女は目指したのです。

しかしこの生き方は、セックスが義務である織作家が存在する限り許されません。真佐子が五百子から受けた仕打ち(というかしきたり)を思い起こしてください。あれが茜にも待ち受けているのです。なにがなんでも回避しなければなりません。

また遺産が手に入ることで、独りで生活していくための手助けになります。だから家族全員を殺したのです。そこに復讐心を乗せて。

 

 

何も妹まで殺すことはないのに、と思われるかもしれません。しかし私は妹殺しこそ、彼女のメインだと思っています。

そこにあるのは嫉妬心です。葵には自分に掛かった呪詛を勝手に解いておいて、碧には何も識らぬまま幸せに暮らしながら、長子でないが故にこれから様々な自己主張の元で立派に自立し、そして子を産み育てられるという自分が生涯手にできない幸せを手にする権利を有している。あまつさえ葵は、その権利を自らの手で放棄しているという傲慢さ。

自身の不幸と比較して、輝いている彼女たちを眺めることが辛かったんじゃないでしょうか。

 

 

これがこの物語の核心。復讐心と嫉妬心。この二つの掛け合わせが、絡新婦が放った糸の正体だと私は思うのです。

そしてそれ以外の出来事は、この核心から波及した副次的なものであると私は理解しています。その糸に絡めとられたのが、高橋志摩子らです。

 

 

 

 

 

京極堂は、彼女らが殺されたのは雑誌に載ったからではないかと推理していますが、私もそう思います。それは、彼女の嫉妬心に火をつけたということなのではないかと思うのです。

かつての知り合い、共に娼婦を経験した彼女らが、今はそれを無かったことにしてそれなりの幸せを手にしている。自分は無かったことになんてできないから苦しいのに。私と同じ後ろめたい娼婦の分際で、と。

 

「――前島八千代が載っている」

覗き込むと和服の女性の写真が何点か掲載されていた。

暖簾を背景に微笑んでいる立ち姿。

表情は和やかで、まるで女優のような写真写りだった。

中禅寺はそれを眺めて、この写真が拙かったのかなあ、と云った。

 

幸せそうな以前の知り合いを見つける度に、言いようのない怒りが彼女を支配していったのでしょう。そして計画に巻き込んでいったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし彼女は、いくつかの勘違いをしていました。それを含めた事件の詳細を、最後に記したいと思います。

 

 

 

 

 

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コメント: 4
  • #1

    仮の姿 (土曜日, 09 9月 2017 17:52)

    あちこち検索して、やっとなるほどと思える考察でした!

    茜の事情が殺人の動機だとはっきり書くと色々問題があるゆえにここまでぼやかしたのかもしれません。

    京極氏の作品はあまりにも女性が痛わしく書かれるので最近は読みませんが、また読み返したくなりました。

    ありがとうございました!

  • #2

    gultonhreabjencehwev (土曜日, 16 9月 2017 21:38)

    コメントありがとうございます!

    なるほどと思ってもらえたのなら、載せといてよかったです!
    また読み返すのは、オススメです!

  • #3

    (水曜日, 13 12月 2017 21:08)

    絡新婦の理のコミック版を読んで全く理解できなかったので解説サイトを探していたのですが、とても解りやすくて納得できました。
    ありがとうございますm(_ _)m

    それにしても、「子供ができない体と知られれば過去がバレてしまう。セックスしなくて済む状況にしなきゃ」って、完全に茜さんの思い込みですよね~。
    だって世間には売春なんてしてなくても子供が出来なくて不妊治療してるご夫婦だって少なからずいらっしゃいますからね。
    セックスすれば絶対子供は出来るもの、という勘違いが前提にありますよね。
    まぁ現代みたいにネットとかない時代の方ですし、誰にも相談できなかったでしょうし、仕方ないんでしょうけど・・・。
    悲しい事件ですね。

    長々と失礼致しましたm(_ _)m

  • #4

    gultonhreabjencehwev (日曜日, 17 12月 2017 21:07)

    コメントありがとうございます!
    分かりやすかったですかーよかったですー。

    その状況に対する世間の目が、昔は今ほど寛容ではありませんでしたから。常識も違いますしね。
    離れられないこの地で、そういう目で一生見られ続けることに耐えられるか、という自問の末の結論だったんじゃないかな~と思っています!