EP6 ゲーム盤の見方

EP6のゲーム盤についての読み解き方の肝、考え方の方向性を記していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

まずEP6において、必ず前提に据えなければならない考え方があります。それは、

「駒のエリカは、六軒島の登場人物の中の誰かの魔女化した姿である」

ということです。EP6に限れば、「エリカ=古戸エリカという六軒島にたまたま漂流した部外者」と考えることは許されないというのが、EP6の肝中の肝です。

理由はたくさんあります。

 

 

 

 

 

①EP6のゲーム盤を、ミステリーで読み解けなくなるから。

 

EP6の犯人はエリカであることは間違いありません。エリカは赤字で私が殺したとしっかり宣言しているからです。しかし殺人の動機を、ミステリーで、人間の心で、説明することが果たして可能でしょうか?

ゲーム盤の殺人に駒の動機は必要ない、と考える人が多くいることを最近知りました。しかしこの考えは、「駒は本人ができることしかできない」という前提の完全否定です。駒のエリカに初対面の六軒島の人たちを殺す動機がなくとも、そんなことは関係なくプレイヤーが操作してエリカに殺人を犯させることが可能ならば、「駒は本人ができないことも操舵者によってはできうる」という世界になってしまいます。例えるなら、「車は空を飛べない乗り物であるが、操舵者次第で空を飛ぶこともできうる」ということがまかり通ってしまうことと同じですね。ありえない、と私は思うのです。

 

駒のエリカは殺人ができるポテンシャルを有しているから、それを操って殺人を犯させることは可能だ、というのなら、六軒島に漂流したあの子は初対面の相手でも平気で殺せる、ホラーキャラ以外の何物でもなくなってしまいます。それが殺人を犯す物語は、ミステリーではなくサイコホラーです。

 

エリカはメタ世界のやりとりを把握しているから、それを踏まえれば殺人を犯すことも駒を取ることでしかないわけだから殺人ができるんだ、というのなら、EP6のゲーム盤で躍動するエリカはメタ世界を認識する人物、いわば地球外生命体であることを認めるということです。六軒島に漂流したあの子は、違う世界のやりとりも感知できる普通の地球人ではない、そんな子がその違う世界のことを理由に殺人を犯す物語がEP6なんだ、ということを認められますか?それはミステリーですか?

 

駒のエリカは存在しない、EP6のゲーム盤で躍動するエリカはメタ世界のエリカであるから駒を操って殺すとか考える必要がない、というのなら、

ゲーム盤の殺人は駒ではなくメタ世界人でもできることを認めなければなりません。これまでのEPすべてでベアトが殺したとする魔女の主張を、一切否定できなくなります。ベアトが殺したということを最終結論にしている人もいるようですが、それはあくまで”ベアトという駒”のことを指しているはずで、メタ世界のベアトのことを指して犯人だといっているわけではないはずです。

また、戦人の客室を巡る赤字バトルの際に、客室にエリカが出入りしたことが赤字で確定しています。このエリカが駒ではなくメタ世界のエリカだとしてしまっていいんですか?メタ世界人の動きを赤字でいえてしまうのなら、今までだってベアト・ロノウェ・ワルギリアが動いてゲーム盤に関与したことだって赤字でいえてしかるべきです。魔法が使えないメタ世界人の動きは赤字でいえるんだ、というのなら、雛ベアトがゲーム盤に関与することは赤字でいえるんですね?ありえませんよ。

 

 

 

EP6はミステリーとして動機を解釈する必要はない、ムチャクチャにされたただのゲームなんだから、と考えるのであればそれでもいいです。それならそれで、EP6のゲーム盤はミステリーではないと言い切ってもらいたいものですが。ただし、この物語をミステリーで解釈するただひとつの解決策が

「駒のエリカは、六軒島の登場人物の中の誰かの魔女化した姿である」

という考えだということも示しておきます。

 

 

 

 

 

 

 

②ノックス第1条に違反するから

 

ノックス第1条。犯人は物語当初の登場人物以外を禁ズ!!第5のゲームより登場した人物に犯人は名乗れマセン…!!一体この赤字をどうやって抜けられるのでしょう?この赤字はEP5だけのもので、EP6には当てはめなくていい、というのなら、EP6はノックス第1条に違反していてもいいのですね?それこそ、EP6のゲーム盤はミステリーではないことを真正面から認めたことに相違ない考えです。

 

戦人が当初計画したEP6の展開を、エリカがぶち壊しにしたストーリーがEP6なのだから、”EP6の犯人”という表現は戦人が計画したストーリーの犯人を指すべきであり、エリカのことは示していない、というのであれば、EP6ではそもそも事件すら起こっていないという認識になりますね。戦人がどんなプランを立てようとも、実際のEP6ではエリカが殺人を犯したことは間違いないことです。にもかかわらず、”犯人”という括りが実際に行動した者より当初の計画の方にしか適用されないのなら、変質したEP6では”犯人”や”犯行”などと捉える必要のない物語、すなわち事件ではなくただのゲームにすぎないことを認めるということです。

 

また、ちょっと話がズレますが、ゲームマスターが作った物語をプレイヤーの行動によって大きく変化させることができる、という考えに、私は否定的です。それはEP8で、ゲームマスターの把握していないことが起こることはありえない、もしありえるとしたら、もう一人ゲームマスターが関与したときだけだ、という記述があるからです。しかしこれをEP6に当てはめてしまうと、エリカが殺人を犯したことを戦人は知っていた、ロジックエラーに陥ったあの苦悶は演技だった、茶番だった、ということを同時に認めなければなりません。

 

私は、EP6のロジックエラーに関するエリカとの闘いは茶番だったと認めています。なぜなら、EP6の闘いの焦点は戦人VS雛ベアトだと私は思っているからです。雛ベアトに記憶を取り戻してもらいたいがために、取り戻さなければ戦人が助からない状況にわざわざ自分を陥れ、思い出せずにこのままロジックエラー地獄をさまようのか、思い出してくれてハッピーエンドを迎えるのかを、まさに命を賭して勝負した物語が、EP6の本質だと私は捉えているからなんです。そのためにエリカは利用されたにすぎないと私は捉えているんですね。

 

その観点からも、EP6のストーリーはそのまま戦人の計画通りだと私は捉えていまして、戦人の計画を台無しにしたエリカの行為もすべて、戦人のゲームプランの範疇だと思うんです。であれば、EP6の犯人はそのままエリカということが最初から決まっていたということですから、ノックス違反は避けられないということです。

 

 

 

そしてこれを回避できる解釈もまた、たったひとつしか考えられません。

「駒のエリカは、六軒島の登場人物の中の誰かの魔女化した姿である」

これを前提にしなければならないわけなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③所在確認の赤字に、エリカの名前が登場しないから。

 

これが決定的な理由です。隣部屋から脱出したエリカが、直後に全員の所在を確定しようと赤字を展開しました。このやりとりの中で、エリカの名前が出てこないのをご存知でしょうか。「私は(エリカ)は何処どこにいる」などというやりとりは存在しないのです。となるとどうなるかといえば、「いとこ部屋に所在するのは、それ以外の全員である」の”全員”にエリカは含まれてしまうことになるのです。

 

この”全員”という括り方の適用範囲は、ムチャクチャ厳しいものです。なんせ、EP6に登場すらしていない”金蔵の遺体”だけに留まらず、”X”や”プルプルピコ丸”ですら、この”全員”の内だというんですから、エリカが適用されない理屈は何もありません。であれば、エリカはゲーム終了まで完全密室のいとこ部屋に収容されることとなり、以後戦人の客室に行くことすらできなくなるのです。

 

一体これをどう考えているのでしょうか?エリカは隣部屋の前の廊下にいることが確定しているから、赤字でいうまでもない、とおそらくほとんどの人が考えているのでしょう。否定します。

 

まず、エリカがそこにいることは確定的事実ではありません。そう描写されているだけにすぎないのです。エリカは探偵ではありません(むしろ犯人です)から、客観的事実を表現することを義務化されていません。自己主張が許されるのです。

例えなんかいくらでもありますが、EP3の絵羽はどうでしょう。第2の晩のときに、秀吉の手を握りながらベッドでうなされている様子がしっかり描写されていますが、では事実絵羽はそこにいたのかといえば、ちがいますよね?バラ庭園にいたのです。探偵の観測外の描写は、どこまでいっても客観的事実にはなりえないというのがうみねこの捉え方ですから、エリカが本当にいとこ部屋の前の廊下にいるのかどうなのかは、赤字で追及しなければならない部分なはずです。

 

また、そこにいることが百歩譲って確定的だったとしても、だからといって”全員”の赤字から除外される理由にはなりません。なぜなら、今までの赤字で、そこにいることが確定的だからといってそれを赤字で言及することなく全員という赤字をかぶせてきたことは、ただの一度もないからです。EP5でも、エリカが探偵としてどうしたとかもしっかり描写されていますが、それでもしっかりとエリカはここにいたとかを赤字で提示しています。

今回だって、戦人の客室を出入りしたエリカの赤字があることからも、エリカという駒がEP6のゲーム盤に存在することは疑いようがなく、また、第1の晩でも「密室破壊後、部屋に入ったのは、私を除き、蔵臼、留弗夫、秀吉、郷田の4人のみである」などのやりとりのように、赤字で提示する際にはしっかりとエリカの存在を考慮して宣言しなければならないのは明白なのです。

 

ですから本来は「いとこ部屋に所在するのは、私を除き、所在が確定した者以外の全員である」としなければならないのです。こうなっていない以上、エリカというEP6に確実に存在する駒は、どう考えてもいとこ部屋に収容される以外の道はなくなるのです。

 

 

 

これを解決する解釈も、やはり一つしかありません。

「駒のエリカは、六軒島の登場人物の中の誰かの魔女化した姿である」

これ以外にないのです。

 

例えばですが、エリカ=譲治としましょう。となれば、譲治は隣部屋にいることが赤字で提示されましたから、同時にエリカは隣部屋に所在することが赤字で提示されたことになり、”それ以外の全員”にエリカを含める必要がなくなります。このように抜けるしかないのです。嘉音と同じ抜け方ですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

以上三つの理由により、

「駒のエリカは、六軒島の登場人物の中の誰かの魔女化した姿である」

はEP6において必ず前提としなければならない考え方であることを示しました。

あとは、それが誰なのかということですが、これは誰にすれば一番つじつまが合うかをひとつひとつ検証していけばいいだけです。

 

私の結論としては、霧江となりました。

理由は、動機をミステリーで構築することが可能であり、また一なる真実の一端を提示しつつもうまく隠すことが成功することによって、偽りの真実を信用させる魔力が効力を帯びる、まさにゲーム盤の意義を表現したものになりえるから、というカンジです。

 

 

 

ちなみに、エリカ=霧江とすると、解釈変更しなければならない部分がでてきます。所在確認の赤字です。

「第一の晩の犠牲者6人の所在は、発見場所のとおりである。夏妃は自室、絵羽は貴賓室、霧江は蔵臼の書斎、楼座と真里亞は客間で、あんたは客室!」

これによれば、エリカは霧江として蔵臼の書斎にいなければなりません。別に、いとこ部屋の前の廊下にいる描写が幻想描写だからだとしてしまってもいいのですが、私はちがう解釈をしました。

 

「まさか、この時点でもう、この程度のことも復唱拒否ですか?!」

「……いいぜ。それを認める。

 

こう返された復唱要求をすなおに解釈するのではなく、「復唱拒否ですか?!」を認める、と解釈すればいいのです。霧江はエリカとして今この時いとこ部屋の前の廊下にいるのですから、蔵臼の書斎にいるとする赤字は宣言できない。だから、復唱拒否を認める、という返答をしたということです。

そして、霧江の名前が提示されましたから、エリカは”それ以外の全員”に含まれなくなる、とすれば問題なくなります。

 

 

 

 

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