朱志香について

最後の最後、おまけです。

朱志香について記そうと思います。

 

 

 

朱志香と嘉音の恋愛は様々なEPで描写されていますが、実は客観的事実(神なる真実)ではない、ということをお気づきでしょうか。どういうことかといいますと、朱志香と嘉音が両想いだという主張は、本人たちの間でしかされていなく、その事実を観測している第三者は存在しない、ということなのです。

 

例えば、譲治と紗音の関係はどうでしょう。

EP1で、譲治が紗音に婚約指輪を贈ったことを、戦人に打ち明けています。また朱志香も戦人に、譲治と紗音が付き合っていることを伝えています。その後のEPでも、信用できる第三者(要は戦人)が、譲治と紗音が付き合っていると確信するシーンが多々あります(余談ですが、これがまさにエリカの元彼が浮気をしている証拠84点のことを示しています)。

猫箱の中の人物の観測では信用できない、というのであれば、EP2の譲治と紗音の沖縄旅行があります。宿泊所には、記録も残っているでしょう。もし彼らが恋仲でないのなら、この旅行が説明困難になります。ここまで示されれば、彼らの仲はもはや疑いようがなく、客観的事実といえるでしょう。

 

対して朱志香と嘉音はどうでしょう。猫箱の外側の人間が唯一観測したのが、文化祭で朱志香が嘉音を紹介したことです。これは、このEP2でもあるように、まさに使用人へのパワハラで説明がつきますし、彼らの恋愛を事実だとする物的証拠にはなりえません。

EP1では、戦人は譲治から、朱志香が嘉音を好きだったらしいことを聞かされますが、周りで見ている人たちの方が本人よりも先に察してしまうという類のものである、という記述があり、それは暗にその事実が譲治の感じたところであるだけ、ということを示しています。

戦人も、朱志香に対して嘉音との関係を怪しんでも、朱志香のドギマギとしたリアクションが返ってくるだけで、YESという返事はもらっていません。EP3では、朱志香の狙っている男はこの島にいるか、みたいな質問に対しても、朱志香はドギマギしただけでした。戦人は、朱志香は嘉音が好きなんだろうと推測はしますが、それも客観的事実とはいえません。戦人の男のカンというだけの話です。

その他、「私は嘉音くんが好きだ!」みたいなセリフを、朱志香が発するところを観測しているのは、ベアトだったりロノウェだったり、ゼパルとフルフルがいる幻想描写上だったりでしかないのです。

 

 

 

このことから私は、朱志香と嘉音の恋愛はミスリードであると読みました。伏線もあります。EP6で嘉音が、黄金蝶のブローチの魔力のおかげで朱志香の好意を得た、と朱志香に語っていることです。

私は黄金蝶のブローチとは、キャッシュカードのことを指すのではと推理しましたが、ここでは少し意味合いが違うようです。黄金蝶のブローチのおかげといっている以上、どこかでブローチが活躍したということになりますが、物語を見渡しても魔力が発動したような記述は見当たりません。ということは、それを嘉音が受け取った時にその恩恵を得られたと解釈すべきでしょう。

黄金蝶のブローチを紗音から渡された嘉音に、最初に何が起こったか。あの文化祭での出来事です。黄金蝶のブローチのおかげとは、文化祭の出来事があったおかげ、つまり紗音にセッティングしてもらい、恋愛してみなさいと後押ししてくれたおかげ、と捉えることができるわけです。このことがあったから、朱志香の好意を得ることができたのだと嘉音は語っているわけですね。

 

では、このことが仮になかったらどうなっていたか。朱志香がもし本当に嘉音を好きだったとしたら、EP6でも語られているように、この文化祭の出来事があろうとなかろうと、朱志香の想いに変わりはないはずです。一体この文化祭の出来事が、朱志香と嘉音の恋愛の何を変えたというのでしょう。

それは一つしかないと私は思います。彼氏がいないと思われていた朱志香に、嘉音という彼氏がいたと第三者が認識したこと、です。

「第三者が認識してくれたから、朱志香の好意を得られた」

これは逆説的に、「第三者が認識してくれなかったら、朱志香の好意は得られなかった」ということになり、すなわち「第三者の認識が、朱志香の好意を得られない描写を、得られるような描写に変えた」ということを説明しているのです。となると、自然に解釈するならば、朱志香の嘉音に対する好意の描写は客観的な事実ではなく、周囲の認識によって変わりうる幻想描写である、と結論付けられるのではないでしょうか。

 

前記した通り、文化祭のくだりは、朱志香と嘉音の恋愛を証明する決定的証拠ではありません。聞き取り調査による証言というだけです。その認識の違いで描写が変化するということ、その結論とは、黄金蝶のブローチのおかげで朱志香の好意を得たという発言の真実とはつまり、朱志香と嘉音の恋愛なんて存在しないのに、あの文化祭のくだりのおかげで、彼らの恋愛描写がまるで真実であるかのように主張することが可能になったのだ、と解釈できるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

私は、彼らが恋仲ではなかったと思います。嘉音は朱志香を好きだったのでしょう。正しくは惹かれてしまった、でしょうか(戦人っぽいところに惹かれたのかな?)。朱志香にも自分を恋愛的な意味で好きになってもらおうと一歩踏み出し、文化祭のときに無理くりシチュエーションを作り上げ、発展を望んだのですが、進展しなかったのでしょう。そのことで起こる紗音の中での葛藤は、多々ある描写が示している通り真実でしょうけど、朱志香も嘉音を好きだったという事実だけは嘘であると思うのです。

 

朱志香は本当は誰を好きだったのか。EP3の描写に答えがあると思っています。半径1キロ以内に朱志香の狙っている男はいるか、みたいな戦人の発言です。嘉音でないのなら、もう戦人しかいませんね。たぶん譲治ではないと思います。下記で説明します。

 

朱志香は戦人が好きだった。そう仮定することで、すぐにでも彼氏ができそうな性格の彼女に、彼氏が全然できなかった理由が説明可能になると思っています。

EP7で、朱志香と紗音と眞音でガールズトークをしていたときの朱志香の発言で、大人びた人が下卑た話をしているのを見ると幻滅する、みたいなことを言っています。EP1では、キレたとか言って暴れる男子をイタいと言っていますし、キャラを変える女子をドン引きすると言っています。これは、裏表がある人間を見ると幻滅する、ということなのではないでしょうか。戦人は、裏表のない性格であることは間違いありません。これが、朱志香が戦人を好きであるということの伏線として捉えられるのではないでしょうか(ちなみに嘉音は裏表バッチリあります)。

朱志香は、戦人のような誰にでも同じように接する男子に出会えなかったのでしょう。朱志香の中で、戦人が理想の男性になってしまったのではと思われるのです(ちなみに譲治も裏表がない性格ですが、一度キャラを戦人のように変えたことがあるというエピソードも持っています。朱志香が観測したかどうかが確定的でないにせよ、裏表に違いがあるような人物だと、朱志香が認識してもおかしくない描写です。朱志香の嫌いなタイプになっちゃいましたね、譲治兄さん)。

 

 

 

 

 

 

さて、前置きが長くなりましたが、本題はここからです。

本当は、朱志香は戦人を好きだったということが事実ならば、何か解釈が変わるような話があるのでしょうか。

たぶん、各EPでの犯行や行動に違いはないでしょう。変わってくるのは、現実世界のストーリー、すなわち1986年以降の物語に面白い解釈ができるようになるのではないでしょうか。

 

ズバリ、朱志香は生きていた、と仮定するのはどうでしょう。そう考えてもいいポイントとなる描写が、EP7のお茶会です。

朱志香は霧江にボコボコにされますが、銃撃というトドメを刺されていません。六軒島事件時に、戦人、紗音、絵羽、以外で、銃やナイフによる凶器以外で死んだとされているのは朱志香だけです。生きていたとしても、無理な解釈ではないと思います。

 

EP4も合わせて視てみましょう。私は、EP4は戦人が思いだした記憶がベースになった物語だと捉えています。六軒島事件を、EP4は戦人目線から、EP7のお茶会は絵羽目線から観測した物語だと思っていますので、擦り合わせることによって真実をあぶりだせると思っています。

 

EP4で瀕死の朱志香は、戦人に電話をかけます。これは事実だと認定できます。つまり、EP7のお茶会での朱志香の最期とされるシーンの時点では、彼女は死んでいなかったと推理可能になるのです。その時の朱志香のセリフは、EP7のお茶会を見れば説明可能になります。

「私はもう死んでいる」は、留弗夫が朱志香を見て酷い死に様だ、みたいな発言をしたことから「ああ、私はもう助からないんだな」と思ってしまったことからでたセリフでしょう。

「戦人が来たときには、私は頭を半分ぶちまけた死体だ」は、霧江に信じられないくらいにボコボコにされたおかげで、もうその状態になっているだろうと予想した朱志香が、もう少しで意識も途絶えそうだし、このまま眠ればそういう死体になるだろうと思って発したセリフでしょう。

「譲治兄さんもダメだった」は、留弗夫がちょろいもんさと発言したことから死んだと思い、出たセリフでしょう(「ありゃぁ即死だ」はよくわかりません)。

 

その後戦人はどうしたか。朱志香を助けに、屋敷へ向かったのではないでしょうか。霧江はゲストハウスから出てくる戦人を見て、最初は留弗夫に任せようと思ったのでしょう、いなくなったところで、ゲストハウスを血の海に沈めるつもりでした。しかし戦人は礼拝堂へは向かわずに、屋敷の方に向かって走っていくのです。それを見た霧江は、戦人の後を追い、屋敷の前で声をかけたのです。

「戦人くん!」

「霧江さん!…その血は…!」

「これは…、お父様が豹変して、…私も命からがら逃げ出してきたのよ」

「……。朱志香が危ないんだ!助けにいかないと!」

こんな会話がなされたのではないでしょうか。霧江はこりゃだめだと即断し、屋敷に振り返った戦人の後ろから、声をかけます。

「ねえ、戦人くん。朱志香ちゃん、何か言ってなかった?」

「…ああ。敵はどうせニンゲンだと間違えるなって、おそろしい魔法を使う悪魔なんだって…」

「…私からもひとつだけ、助言できることがあったわ」

「何…?」

「もし。あなたの前に悪魔やら魔女が現れても、その正体を疑う必要は何もないわ。…間違っても、なら魔法を見せてみろなんて言っちゃ駄目よ。その証拠を、彼らはこの上なく残酷な方法で、…見せるでしょうから」

「…」

「…ありがと。そしてさよなら、戦人くん。…あなたのこと、明日夢さんの息子だからと、冷たくしたこともあったの。…その日のことを、許してね」

 

でグサリ。

 

EP4で描かれる、戦人が屋敷の入り口でベアトに会ったとは、そこが犯行現場だからと捉えることができます。 

 

このような展開の末、絵羽に発見されるまで追撃を受けなかった朱志香は、死ななかったと考えることができるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

朱志香は生きていた。しかしこう推理してはいけないとする記述が存在します。EP5における、朱志香死亡の赤字です。この赤字がある以上、朱志香は死んでいなくてはならなくなります。霧江が戦人を殺した後、朱志香が生きていたと知ってトドメを刺したという流れのほうが自然ですので、結局は朱志香は死んだのではと考えるのが普通ですね。この朱志香死亡の赤字については、どう考えるのがいいのでしょう。

まあ、朱志香死亡の赤字は、後にも先にもこれ一つしかないということを考えると、現実世界の時間軸上のEP5の時点で死亡したのではないか(つまり数十年後の未来)と考えれば一応筋は通るのですが…。

 

私はこの赤字を、戦人と同じであると解釈できるのではないかと考えます。戦人は十八として(あるいは天草として)生き残っているから抵触しないと捉えられます。朱志香も、朱志香としては死亡しているものの、違う形で生き残っているのではないかと考えられるのではないでしょうか。

ヒントとなる記述が、EP2やEP7にあります。朱志香の、自分のなりたい自分をもう一人生み出す、というセリフです。

朱志香は、そのもう一人の自分として生き延びた、と解釈することが可能なのではないでしょうか。

 

そのもう一人の自分とは何なのか。

 

思い出していただきたいのはEP3とEP7です。EP7のクレルの告白で、紗音は幼少時に妄想の中でベアトと会い、魔法の素晴らしさに目覚めてベアトになり、碑文を解くことで真の魔力を手にしたベアトになったとあります。しかしこの記述は、EP3と見事に矛盾します。EP3では、熊沢がベアトと名乗り、彼女をお師匠様と崇め、彼女からベアトの名を受け継いだとあります。これが同一人物だとすると、紗音の幼少時に悪戯でホウキを隠したりしていたのが熊沢ということになり、おかしなことになってしまいます。つまり、幼少の思い出の中で、ガァプをベアトと思っていた人物と、ワルギリアをベアトと思っていた人物は別人であるということになります。

 

EP3でワルギリアを先代と崇め、彼女からその名を受け継いだ少女とは、紗音ではなく朱志香だったのではないでしょうか。朱志香は魔法に、魔女に、ベアトに憧れた時期があった。しかし大人になるにつれその想いは縮小し、魔法なんかないという現実に侵されつつも、それでも辛い現実を打破したいという願いを、深層心理では魔法に求めていたのではないでしょうか。

それこそが、自分のなりたいもう一人の自分。朱志香は、ずっとベアトになりたかった。真里亜と同じです。ですから真里亜の気持ちに共感し、彼女の遊び相手になってあげたのです。真里亜の前に現れたベアトも、紗音ではなく朱志香だったと私は思います。ただ、その遊びに真里亜が本意気で臨みすぎることに、だんだん警戒していったのです。現実には魔法で解決できることなんてない。徐々にでも現実を教えていかないと、後で後悔するのは真里亜だ。私みたいになってほしくない。私みたいに、辛い現実を自分のなりたい自分を生みだして逃避するのではなく、自分の力で解決できるような人間に導かなければならないんじゃないか。そんな複雑な気持ちが、朱志香と真里亜が口喧嘩になってしまうことの根本にはあるのでしょうね。

 

話を戻します。ようするに、朱志香はベアトになりたかった。六軒島事件のとき、朱志香は死亡したがベアトとして生き残った。そう考えることができるのではないでしょうか。

ベアトとして生き残ったとはどういうことか。それはメタ世界に登場したベアトのこと。彼女の正体は紗音ではなく、そうなりたかった、そうだと思い込んだ朱志香の姿だった。朱志香は、ベアトとして戦人と対峙していた。対決という形で、彼女は戦人と、遊んでいた。なぜなら彼女は、戦人が好きだったから。

ここでようやく、朱志香が戦人を好きだった事実がでてきましたね。つまり、朱志香の本当に好きだった人物が戦人だと推理すると、メタ世界のベアトが朱志香であると連想することができるのです。

 

 

実際は、死んだという赤字がある以上、心臓は止まったのでしょう。絵羽が発見した時に復活し、その際前ページで記したように、例によって記憶をなくしていたのでしょう。戦人が好きだということ以外の、すべてを忘れてしまったのです。絵羽は、朱志香の顔面崩壊した姿を見て、世間にさらせないと考えたのではないでしょうか。絵羽としては、この六軒島での出来事を事故の一点張りで押し通すつもりでしたので、朱志香の姿は事故の否定を表すことになり、非常に不都合だからです。秘密裏に脱出させ、隔離した上で入院させたのではないでしょうか。

 

その後朱志香は、自分が朱志香だったことも忘れ、二度と美人だった顔に戻らない姿は、本当の紗音のコンプレックスと重なり、ベアトリーチェと化したといえるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、最後のまとめです。時系列を追って何があったかを整理してみましょう。

 

六軒島事件時、戦人、朱志香は、霧江に殺害される。戦人は紗音によって復活。ボートで脱出を促され、一人で脱出。そして転覆。

朱志香は絵羽によって復活。しかし重症。秘密裏に脱出させ、入院させる。

朱志香、退院。顔は手術で治り、別人のように。記憶も朱志香であることを忘れ、自分はベアトであるという記憶と、戦人が好きだということ以外すべてなくす(雛ベアト)。以後、絵羽により秘密裏に別荘を用意され、そこで暮らすことに。

とある日、朱志香の乗った車の前に戦人が現れ、倒れる。医者に診せると、記憶喪失とのこと。絵羽に連絡。戦人の精神崩壊を懸念した二人は、別人として過ごすことを決断。以後、朱志香は八城幾子と名乗り、戦人を八城十八と名付ける。

戦人の記憶が戻り始める。朱志香は、戦人に記憶を取り戻させて、ベアトとして戦人と暮らしたいという想いと、あんな辛い現実を思い出させるのは酷だという想いとの間で葛藤。戦人の記憶を塗り替えることを決断。魔法を信じさせ、魔女によって六軒島事件が起こったのだと、戦人の記憶に結論付けさせることが、ベアトとしての自分の存在意義だと決心。

ゲームの開始(EP1,2,3)。紗音を探し出すため、EP3は偽書としてネット上にアップ。やっぱり戦人は紗音でないと癒せないのかも、と思ってしまう朱志香の複雑な乙女心。

EP4時、十八は記憶をほぼすべて取り戻す。そして、魔法を認めるまでには至らず、人間の誰かによって親族たちを皆殺しにされ、自分も後ろから刺されたと自覚。その犯人を紗音であると推理した戦人は、発狂。自殺未遂。

何とか助かった十八。戦人の記憶を再び忘却すると共に、拒絶。しかし裏切られた想いと復讐心だけが残り、性格が変容。さらに、憎しみが強く表に出てしまった戦人は、顔つきまで変容。朱志香はゲームオーバーを悟り、絵羽に連絡。絵羽が引き取る。絵羽は彼を天草十三と名付け、縁寿に引き合わせる。縁寿、彼を戦人だと見抜けず。天草も、もはや縁寿を見ても記憶に波が立つことすらない。

縁寿、独自に真相を追究。「事件10周年特集を組んだ雑誌」を拝見。夏妃が犯人だとする証拠や証言などから、自分でも推理を組み立てる(EP5の戦人が参加してないところのストーリー)。

絵羽、死去。

縁寿は遺品から、絵羽の日記や、ハロウィンパーティーの景品やメッセージカードを発見。真実を知り、葛藤(EP7、8)。

朱志香、八城十八として絵羽の日記を公開すると発表、撤回。理由は、絵羽の死を期に、世間での六軒島事件の鎮静化を図るため。

縁寿、自殺を思い止まる。

その後縁寿は、八城十八とやらに絵羽の日記公開の真意を聞き出すため、天草と共に朱志香邸を訪問。縁寿、すべてを知る。戦人が生きていたと歓喜。しかし…

縁寿では戦人の記憶を覚ますことができず、また、無理に訴えかけると戦人が壊れてしまうことを懸念し、断念(EP4の名乗っちゃいけないルールとはこの状態のこと)。朱志香ももう無理だと諦めムード。縁寿は、とりあえずこのまま暮らしていくことに。

縁寿は、天草と推理小説家の活動を、八城十八の名を引き継いですることを決断。目的は紗音を探し出すため。生きてるかどうかも分からないが、もはや彼女以外に戦人を取り戻せる人物はいない。八城十八とは、以前に絵羽の日記を公開しようとした人物だ。紗音が生きていて、八城十八の名が有名になり続ければ、紗音の方から、何某かのコンタクトがあるかもしれない。

数十年後。

紗音は生きていた。寿ゆかりとして。その作品、「さくたろうの大冒険」を見た縁寿は、紗音であると確信し、接触。

これが正にEP4の終盤、黄金郷でベアトと真里亜が静かに暮らしているところに、縁寿が割り込むシーン。戦人の記憶を取り戻してほしいと頼む縁寿。もう放っといてほしいと、真里亜のさくたろうの話を書いて幸せにやってるから邪魔しないでくれと断る紗音。

「あなたの話は、真里亜お姉ちゃんを幸せにはしていない。さくたろの真実を知らないあなたに、本当の意味での幸せな物語を書けはしない」と縁寿。さくたろの量産品を紗音に見せる。放心する紗音。

「安心して紗音。あなたがさくたろの話を書かなくったって、真里亜お姉ちゃんの世界にはベアトはいる。でもそれはあなたのことじゃなく、朱志香お姉ちゃんのことよ」と縁寿。

「あなたにはあなたの責任がある。戦人ともう一度向き合う責任が。あなたが始めたゲームでしょう。最後までキッチリけりをつけなさい」と縁寿。

縁寿、紗音を連れて天草に会う。復讐心が甦り、生気が戻る戦人。対峙する両者。そして激論(EP4のお茶会)。その最中、紗音は発作を起こし、苦しみに耐えながらも平静を装って続け、終には倒れる(寿ゆかりは病を抱えている、という記述が伏線)。

植物状態になる紗音。完全に戦人を取り戻した戦人は、本当にこれでよかったのかと、みんなの復讐を果たせたのかと自問。「事件10周年特集を組んだ雑誌」を読み返し、推理し、結論は変わらないと改めて思う(EP5)。

紗音、死去。

戦人すべての真相に至る。

紗音が眠るベッドで泣き、謝り続ける戦人。

朱志香、その戦人の様子を見ていることに耐えられず、「あなたには私がいる」と戦人に寄り添う。

「お前、誰だ?」と戦人。

「私は、ベアトリーチェ。記憶は失っていますが」と朱志香。

「嘘だ。俺の知るベアトはお前じゃない。お前が紗音ちゃんなら、俺の出す問題に答えられるはずだ」と戦人はEP6を開始。

戦人は天国の紗音に尋ねる。「あいつは何なんだ。」

紗音は答える。「いっそ私の子供だと思ってくれればいいんじゃないですか。彼女は戦人さんが大好きなだけ。私の子を愛してあげることで、あなたも救われるんじゃないですか。あなたが苦しむ必要はない。私の子をよろしく頼みましたよ」

朱志香は天国の紗音に尋ねる。「私、なぜベアトリーチェと言う名なのか、なぜ戦人さんを好きなのか、知らないんです」

紗音は答える。「妹よ。それに至ったときには、真の意味でベアトリーチェになれるということ。そうすれば戦人にも振り向いてもらえるはずだ。がんばろうぞ」

(血の意味でも、紗音の妹は朱志香。紗音は金蔵とベアトの子で、朱志香は金蔵と夏妃の子。ちなみに戦人と朱志香も兄妹。戦人は留弗夫と夏妃の子。異父兄妹。)

結果、朱志香は自分の記憶を取り戻し、戦人に告白。

戦人の答えは…

 

 

 

 

 

こんな話になりました。いやあ想像力が暴走しちゃいました。

 

 

 

 

 

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コメント: 4
  • #1

    (水曜日, 13 7月 2016 14:20)

    違いますよ

  • #2

    gultonhreabjencehwev (土曜日, 16 7月 2016 23:06)

    何がだろ

  • #3

    (日曜日, 22 4月 2018 21:35)

    なるほど、と思わされる解釈でした。

  • #4

    gultonhreabjencehwev (月曜日, 23 4月 2018 00:26)

    コメントありがとうございまーーす♡